アイドル楽曲における一人称について-でんぱ組.inc・AKB48・モーニング娘。編

女性アイドル楽曲の一人称は様々であり、各曲は一人称によって大きくイメージや世界観が変わる。

「わたしは貴方が好き」と「ぼくは貴方が好き」では視点の性別が異なるように感じるし、「わたしは貴方が好き」は一個人視点からの恋愛曲で「わたしたちは貴方が好き」だとアイドルからファンへの曲のように感じることがある。*1

アイドルが自分たちを一番アピールすることが出来るのは多くの場合ライブパフォーマンスであり、そのなかで最もメッセージを含んでいると考えられる歌詞を考察することによって、各アイドルグループや女性アイドル、アイドル全体における世界観を知ることが出来ると考えた。そのため今回は曲中の一人称によって各アイドルの世界を切り取れないかと調べてみたい。

 

さて、第一弾は幅広い平均年齢のグループを持つスターダストプロモーションアイドルについて考察した。一つの事務所だからか、各グループの個性が豊かでありながらも大部分傾向と対策が似通っているのはとても興味深かった。
ここで終わりにしようとも思ったのだが、やはりアイドルブームの根幹や例外は外せない。よって今回は以下の三組を取り上げて考察する。

 

・異例の平均年齢推定20代かつ独特の世界観を持つ「でんぱ組.inc
・アイドル文化復活のきっかけとなった「AKB48
・平成の女性アイドルといえば「モーニング娘。

 

(前回の記事)

mmmzk-18.hatenablog.com

 

 


*前回同様以下のルールを設ける*

※グループ全員で歌っているものに限る
→ユニット曲やソロ曲を含めないグループ曲に限定。

 

※漢字表記及び平仮名表記などは同一とみなす
→その他、「ぼくたち」と「ぼくら」なども同様

※異なる一人称が複数回出てきた場合は多いものを採用、なお同数の場合サビなどより重要だと思われる箇所に用いられた方をカウントする

 

※歌詞検索サービス 歌ネットを参考に、アーティストページに2015/12/15 19:00現在表記されている楽曲をカウント
AKB48モーニング娘。は曲数が膨大なうえ派生ユニットなどが多数あるため、人気曲上位60曲をカウント。なお曲数は前回のスターダストプロモーションアイドル4組の楽曲数を合計した平均54曲に基づく。
→過去の楽曲の焼き直し・カバー曲はカウントに入れず順位を繰り上げてゆく(61位以降をカウント)

 

 

正直、でんぱ組.incは大好きだから入れました。ダイマです。

 

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*でんぱ組.inc(http://www.uta-net.com/artist/9505/)
全44曲
わたし(22)/ぼく(2)/わたしたち(4)/ぼくたち(8)/なし(5)/その他(3)
彼女たちの楽曲は、6人の物語を外から見ているもののようにかんじる。W.W.DやW.W.DⅡといった自己紹介ソングも、ほかのアイドルとは異なりストーリー仕立て・ミュージカル調になっている事がそのことを強く表している。ファンは彼女たちの物語を見るように彼女たちを応援し、また彼女たちは個人にそれぞれ色濃いバックグラウンドストーリーを持っているのはこのグループの特徴だと考えられる。ヲタク趣味といった特異性も然ることながら、ゲーマーアイドル古川未鈴ちゃんやDJ業もお料理もこなす夢眠ねむちゃん、料理が得意で美人さんな相沢梨紗ちゃんにばびゅんとヲタク街道まっしぐらでいてラップがクールな成瀬瑛美ちゃん、踊ってみた動画も最高にカワイイ20歳おめでとうな藤咲彩音ちゃん、引きこもりから華麗にグラビアアイドルもこなす最上もがちゃん…本家のキャッチコピーもみんな個性の塊だ。(ダイマ)このように個々もグループも物語性の強さは他のグループを圧倒するレベルではないだろうか。
また、(わたし)という一人称が多く(一人称なし)が非常に少ないのは、後述のモーニング娘。非常に近く、これはとても興味深い事象である。なぜならば異色のアイドルである彼女らが、アイドル文化の象徴的存在であるモーニング娘。と歌詞という[アイドルの根幹である歌]において共通点があるからだ。しかし、劣等感が強い彼女達だからこそ王道になぞるような歌詞を歌っていることに、ある種ルサンチマンの克服的なものを感じた。

 

でんぱ組.incにおけるその他の楽曲
・Sabotage→英語詞
・W.W.D→我ら、うちら
・NEO JAPONISM→我ら

 


*AKB48(http://www.uta-net.com/artist/6636/)
全340曲のうち人気上位60曲
わたし(13)/ぼく(23)/わたしたち(5)/ぼくたち(5)/なし(12)/その他(2)
他のグループと比べて圧倒的に男性目線の楽曲が多いことに驚いた。(僕)という一人称が最も多いのは男性からの共感を得られるからだろうか。今回調べたグループの中で唯一の結果となったため不思議に感じた。水着・下着MVなど男性からの人気を意識しているように思えるなと感じ調べてみると、運営側も男性の目線(アイドルとの擬似恋愛ではなく、男性ファンがアイドルに自己投影する擬似青春)を想定して作詞しているようだ。それでいて女性からも好まれるのはメンバーの個性や外見が女性受けしやすいからだろうか。ちなみにわたしは河西智美ちゃんが大好きでした。
また、「いま、ここ」という瞬間を重視することによって、高嶺の花であるアイドルのような距離感を払拭するという意味があるらしい。たしかにそれは「会いにいけるアイドル」というキャッチコピーにそぐっている。
初期曲は私が多いものの、ヒット直前からは僕という一人称が多く目立つ。これは一人称の切り替えが昨今の爆発的ヒットにつながったきっかけのひとつであることを表しているといえるだろう。

 

AKB48におけるその他の楽曲
マジジョテッペンブルース→うちら
・前しか向かねえ→俺

 

 

*モーニング娘。(http://www.uta-net.com/artist/1728/)
全202曲のうち人気上位60曲
わたし(33)/ぼく(0)/わたしたち(1)/ぼくたち(6)/なし(19)/その他(1)
(一人称なし)と(私)が多く、特に私に人気曲が多く見られるのはとても興味深い。(僕)が人気曲に一切使われていないということもだ。女性目線だけれど女々しすぎない強さが出ていて老若男女に愛されるのは、プロデューサーであるつんく♂氏の手腕であろう。
モーニング娘。が誕生するまで女性アイドルとは男性だけのものであったが、彼女たちの存在が生まれたことによって女性ファンという新たな層が生まれた。「デリバリーピザいつも悩む、LかMか」など日常でダイエットと食欲の間に揺れるなど、彼が書く些細な歌詞が女性も共感できるようなものが多いこともそのことに強くかかわっていると考えられる。恋愛にしても社会的な歌にしても、女性も男性も共感できる歌が多いように感じた。パワフルな歌声に「未来はきっといいから一緒に頑張っていくからついてこい!」といったような肯定的な歌詞を載せている曲がとても多くて背中を押してくれる。ハロープロジェクト全体に言えることだがパフォーマンスが歌とダンス共にレベルが高くて、そういった肯定的かつ先導力のある歌詞の説得力が増していると思う。
しかし、それに反して「幸せになりたい、あなたを守ってあげたい、平凡な私にだって出来るはず」なんて控えめな歌詞も存在している。強さと弱さ、主張と願望を混ぜこぜにしている歌詞は(私)という一人称がうまく緩衝材になっているように考えられる。力強く拳を振るような振付のサビの後にこのような女性らしさを出されたらちょっとくらりときてしまうし、幸せにしてあげたい!!!という気持ちが湧いてくる。
上記の歌詞は安倍なつみさんが最後のフレーズ部分を歌っているのだが、トップアイドルが歌ってもこういった控えめな歌詞に違和感を感じないのは、どこか滲み出る普通の女の子といった空気が完成させているのだと思う。これに関しては後述の今回取り上げた3組の共通点で述べたい。
余談だが、各グループのカウント中はそれぞれのMVをかけている。モーニング娘。はどの曲をかけても今でも身体が動くぐらい遺伝子レベルでわたしに馴染んでいた。ザ☆ピースとかここにいるぜぇとかGo Girl~恋のヴィクトリー~とか挙げきれないほどの楽曲で全部、石川梨華ちゃん最高に可愛い大好きカワイイ。

 

モーニング娘。におけるその他の楽曲
・ザ☆ピース→うちら


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3組の共通点は最初のコンセプトだろうか。圧倒的な可愛さ、美しさという外見のアドバンテージで売っているわけではなく、[クラスで数番目][オーディション落ち組][ヲタクや引きこもり]といったように、完全に表で光を浴びるような女性ではない人ではなく一歩引いた人をチョイスしているのだ。
前回取り上げたスターダストアイドルはその殆どが女優を目指して事務所入りしていたり街中でスカウトされたりした女の子ばかりだ。オーディションでもスカウトでもいわゆる[スタダ顔]というある程度の美しさの基準があるのだと、運営側がTwitterなどで言っていた。そのため基本的に根本顔が整っている子が多く見受けられる。そういった綺麗な子がスポットライトを浴びて輝かないわけがないだろう。

 

しかし、この3組ももちろん輝くアイドルだ。もちろんとてもかわいくて努力の結晶である歌やダンスは汗と涙と笑顔に彩られて本当に輝いている。その一見手の届きそうな外見の身近さは魅力の一つではないだろうか。もしかしたら手が届くかもしれない、自分たちに近い人間かもしれないという雰囲気が、クラスで憧れていた女子を見ているような感覚なのだろうと考えられる。女性にとっても完璧な存在を見るよりも近しい感覚を覚え、より一層身近に感じられる。無条件に可愛い、愛らしいと思える対象である。

また、上であげたモーニング娘。安倍なつみさんの例も考察したい。どうしてもアイドルは応援ソングが全体の多くを占めるように感じるが、あまり高嶺の花からの応援よりも身近な女性からの応援のほうが受け入れやすいのではないだろうか。ものすごく可愛くてものすごく素敵な女性からこんなアンセムを受けたら頑張りたくもなるものだ、会いに行く資金のために、彼女たちの収入のために。
もちろん並外れた可愛らしさがあるからこそのアイドルだが、あまりにも高嶺の花であるよりも少しだけ身近に感じるからこそアンセムソングに説得力が出ると思う。あまりにも自分から遠いとその言葉はなかなか刺さりづらい。

 

さらに自分を例にあげると、女性アイドルは私にとって「到底成し遂げられない夢や理想の実現」をしてくれる自己投影の対象だ。決して可愛くも綺麗でもないわたしにとって、ああして人前で喋ったり歌ったり出来るような容姿や自己表現力は憧れだし、どんな機会があったとしても自分は絶対に手を出さない領域である。子供時代から自分の容姿にひどく劣等感を覚えていたわたしには眩しい存在であって、だからこそ見ていたい。時に憎らしくなるほど本当に羨ましい可愛らしさだ(憎らしさはたいてい、可愛いアイドルが似合わない衣装を着ていることに対してだが)。可愛らしい子が素敵な衣装を着てスポットライトを浴びる、それは私が来世かその次あたり、どこかの次元できっとやってみたいことだと思う。今アイドルしたいわけではない*2
だからこそあまりにも遠い存在よりも少し身近な方が自己投影しやすい、すこしは自分に重ねて想像できる部分がある。本当におこがましい話なのだが。

もちろん身近な存在であれ手は全く届かないのだが、昨今のアイドルにおける距離感は、彼女たちの魅力であり爆発的人気のきっかけではないだろうか。

 


曖昧な結論になってしまうが、これはいいたい。
努力するアイドルは美しい。

 

*1:もちろん例外はある

*2:ここは卒業論文発表でも誤解されたからしっかりといいたい、別にアイドル願望があるわけではない、来世辺りその願望を持つ権利を与えられたい、という願望だ